雨が続くと、なぜこんなにしんどい? 話題の「多雨疲労」を精神科医が解説
長雨と日照不足が続く、今年の9月。
気象庁によると、関東甲信では9月6日から19日までの14日間で、降水量は平年の273%。一方、日照時間は平年の38%と、例年より約6割も少ない状態が続いています。
さらにシルバーウィーク前半は、秋雨前線や台風25号の影響で、関東や東北を中心に雨の多い天気に。
そんななか、耳にするようになったのが「多雨疲労」という言葉。
雨の日が続くと、「朝、なかなか起きられない」「なんとなくだるい」「頭がぼんやりする」「いつもより気分が落ち込む」
多雨疲労とは、長雨に伴う気圧の変化や日照不足などによって、こうした心身の不調を感じる状態を指す言葉として使われています。
では、なぜ雨が続くだけで、これほど心や体がしんどくなるのでしょうか。
多雨疲労が起こるメカニズムと、今日からできる対策について、精神科医であり、7万部突破のベストセラー『半うつ 憂鬱以上、うつ未満』の著者でもある平光源先生に伺いました。

先生、別につらいことがあったわけじゃないんです。
でも雨が続くと、朝起きても布団から出たくないし、仕事中もずっと頭に霧がかかってるみたいで
最近、診察室で、こんな患者さんの訴えを多く耳にします。ご本人は「これって気のせいですかね」と申し訳なさそうに言うのですが、これ、精神医学的に見て、気のせいではありません。
実は気圧の低下や日照不足は、自律神経とセロトニン分泌に直接影響を与えることが、近年の研究でわかっています。
いわゆる「お天気うつ」と呼ばれ、最近では「多雨疲労」というワードで話題になっているこの症状。これは気圧・日照の変化が引き金になって、自律神経のバランスが崩れ、セロトニンの分泌が一時的に落ち込んだ状態と説明できます。
この多雨疲労、実は放っておくと、うつ病にまで陥ってしまう厄介さがあります。私はこの状態を、診察室では「半うつ」という言葉でお伝えしています。
うつ病と診断されるほどではないけれど、日常生活は送れてしまうぶん見過ごされやすい、"憂鬱以上、うつ未満"の状態のことです。多雨疲労は、まさにこの半うつの入り口によく現れます。
仕事にも家事にも行けるから「大丈夫」と自分に言い聞かせてしまうけれど、心は確実に重くなっている。ここを放置すると、本格的な半うつ、そしてうつ病へと段階的に移行していくケースを、私はこれまで数えきれないほど見てきました。
一般的なうつ病との違いは、
①原因が天候という明確な外的要因に紐づいている
②診断基準にあるような「ほぼ毎日・2週間以上」の持続的な症状ではなく、天気の回復とともに気分も上下する
という点です。
五月病との違いは、五月病が「新しい環境への適応ストレス」という心理・社会的な要因が中心であるのに対し、多雨疲労は気圧・日照という物理的な環境要因が主因である、ということ。
ただし、五月病も多雨疲労も、放置すれば半うつ・うつ病へ移行しうるという意味では、決して軽く見ていい話ではありません。
多雨疲労が体にかける負担とは?

もう少し詳しく見ていくと、この多雨疲労は大きく2つのルートで、体に負荷がかかっています。
1つ目は「気圧」のルートです。
内耳には気圧の変化を感知するセンサーがあると考えられており、気圧が急に下がると、このセンサーが過剰に反応して自律神経、特に交感神経を刺激します。
これが血流の乱れやだるさ、めまい、頭痛といった、いわゆる「気象病」の症状につながります。車で例えるなら、アクセルとブレーキを同時に踏まれているような状態で、体はずっと緊張状態から抜け出せません。
2つ目は、「日照不足」による睡眠不足、睡眠の質の低下のルートです。
これこそがメンタルへの影響として最大の引き金だと私は考えています。
私たちの体内時計は、朝に太陽光が目の網膜に入ることでリセットされ、そこから約14〜16時間後にメラトニン(睡眠ホルモン)の分泌が始まるようにセットされています。
ただし、日照不足が続くと、この体内時計のリセットがうまくいかず、睡眠の質が落ちるだけでなく、気分の安定に関わるセロトニンの合成量そのものが減ってしまいます。
セロトニンは、いわば心の「ブレーキ」の役目を果たす神経伝達物質です。ブレーキが利かなくなると、些細なことでイライラしたり、逆に何に対してもやる気が出なかったりと、心が不安定になりやすいのです。
さらに厄介なのは、そもそもメラトニンの原料がセロトニンであるということ。セロトニン不足がメラトニン不足を呼び、さらにセロトニン不足を引き起こすという悪循環が起きてしまうのです。
つまり、雨の日が続くと、体は「気圧」で常に緊張させられ、心は「日照不足」でブレーキが利かなくなる。この両方が重なることが、長雨の時期にメンタルが崩れやすい最大の理由であり、多雨疲労の医学的解釈となります。
今日からできる、心のセルフケア3つ

メラトニンの生成、そして心の安定につながる「セロトニン」を整えるアプローチは、大きく3つに分けてお伝えしています。
① 食べるアプローチ
セロトニンの材料は、体内で作れない必須アミノ酸「トリプトファン」です。大豆製品(豆腐・納豆)、乳製品、バナナ、卵などに多く含まれています。ポイントは「朝食でしっかり摂る」こと。トリプトファンがセロトニンに変わるには日中の光と時間が必要なので、朝に摂ることが理にかなっているわけです。
また、日照不足の時期は、きのこ類や青魚に含まれるビタミンDも意識的に摂ってほしい栄養素です。
② 身体を動かすアプローチ
セロトニンは「一定のリズムを繰り返す運動」で活性化されることがわかっています。
ウォーキング、階段の上り下り、その場でのスクワット、あるいはガムを噛むことでも構いません。
雨の日で外に出られなくても、室内で5分程度、一定のリズムで体を動かす時間を作ってみてください。
また、深呼吸もリズム運動の一種で、1回5秒吸って5秒吐く、というだけでも効果があります。
③ 考え方のアプローチ
最後は考え方のアプローチです。
「今日、何もやる気が起きないのは、私の性格が弱いからだ」ではなく、「今日は気圧が低いから、脳が省エネモードに入っているだけだ」と、不調の原因を"天気"という自分の外側に置き直してみてください。
私はこれを「積極的現実逃避」と呼んでいます。自分を責める思考のループから、いったん距離を置くための、科学的根拠のある知恵です。

さて、ここまで読んでいただいて、まず知ってほしいのは、あなたが感じているそのだるさや気分の重さには、ちゃんとした理由があるということです。
気力の問題でも、性格の問題でもありません。
気圧の低下による自律神経の乱れと、日照不足によるセロトニンの減少という、れっきとした身体の反応です。
考えてみれば、進化の過程で、雨や雪の日にウロウロ外に出歩いていた動物は、体温や体力を奪われて滅び、やる気ホルモンが出なくて洞窟でゴロゴロしていた動物は生き延びたわけです。なので、雨でやる気が出ないことは、「生き延びる能力」であり、進化の証でもあったわけです。
車のダッシュボードに警告灯が灯っているのに「まだ走れるから大丈夫」とアクセルを踏み続けたら、いずれエンジンは壊れてしまいます。長雨の時期に「なんだかやる気が出ない」と感じるのは、その警告灯のようなものです。
無視して気合いで乗り切るのではなく、いったん車を止めて、点検してあげる。そんなふうにしてご自身を労ってあげてください。
そして、ご説明したように、この状態を放っておくと、本格的な「半うつ」、さらにはうつ病へと進んでしまうこともあります。逆に言えば、「なんだかしんどいな」と気づけたこの段階こそが、一番ケアしやすいタイミングでもあります。
ご紹介した食事・運動・考え方のヒントを、今日から1つだけでいいので試してみてください。そして、それでも晴れない日が続くようなら、どうか1人で抱え込まずに、専門家に話をしにきてください。
雨はいつか必ず止みます。それまでの間、どうかご自分に「よく頑張ったね」と言ってあげてくださいね。
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平光源
東北のとある精神科医院を営む、精神科医。高校時代、自身の不登校によって医学部受験に失敗。3浪してうつになり、ある本がきっかけでうつから回復した経験をふまえて、約25年精神科医として心のケアに当たる。特別支援学校の学校医、介護老人保健施設往診医、いのちの電話相談医、傾聴の会顧問など、その活動は多岐にわたる。精神保健指定医、精神科専門医、日本医師会認定産業医
